傍流
定義
- 世間の主流ではない
- 派生的な支流でもない
- 主流と平行しながら流れている
主流が取りこぼしてしまうものを拾い上げる。
主流と傍流の違い
| 主流 | 傍流 |
|---|---|
| より広く、よりわかりやすく | より狭く、より本質へ |
| 多数への普及を目的とする | 広まることは結果であり目的ではない |
| 切り捨て・妥協が生じやすい | 取りこぼしを拾い続ける |
広まったり知られたりするのは結果としてであり、その目的ではない。それが目的になると、どうしても切り捨てられたり妥協したりするものが出てくる。
傍流と全体性
主流だけでもなく傍流だけでもなく、それらすべてが織り込まれたものが世界の全体性である。
傍流の役割は 世界がとりこぼしてしまいそうなものを拾い上げ、脚光を浴びさせることで、世界の全体性を回復させること。
出典:渋沢敬三「大事なことは主流にならぬことだ」
宮本常一 が師・渋沢敬三から送られた言葉(『民俗学の旅』P.98)。また 父の十訓 第10訓「人の見のこしたものを見るようにせよ」とも深く重なる。
大事なことは主流にならぬことだ。 傍流でよく状況を見ていくことだ。 舞台で主役をつとめていると、多くのものを見落としてしまう。 その見落とされたものの中に大事なものがある。 それを見つけていくことだ。
人の喜びを自分も本当に喜べるようになることだ。 人がすぐれた仕事をしているとケチをつけるものが多いが、そういうことはどんな場合にもつつしまなければならぬ。
また人の邪魔をしてはいけない。 自分がその場で必要をみとめられないときはだまってしかも人の気にならないようにそこにいることだ。
Takeshiの傍流志向
アジャイル・パタン・ランゲージ・パーマカルチャー・ベアフットラン・ビオトープと、Takeshiが関心を寄せるテーマはいずれも「主流ではないが本質を持つ領域」である。日本のアジャイル草創期(→ japan-agile-history)においても、主流に抗しながら本質を伝え続けた傍流的姿勢が一貫している。
関連ページ
- wholeness — 全体性:傍流が回復しようとするもの
- miyamoto-tsuneichi — 宮本常一:傍流の実践者
- chichi-no-jukun — 父の十訓:「人の見のこしたものを見よ」
- cross-field-principles — 分野横断原理:傍流的発見の連鎖
- japan-agile-history — 日本アジャイル昔ばなし:傍流としてのアジャイル草創期