できる・かたる・わかる の関係仮説
初出: オープンセミナー2019@広島(2019/2/23)
スライド: 私の学びの研究(20190223)
Medium記事: 学びをテーマに発表することで自分が「学んだ」ワケ(2019/2/28)
最初からシーケンシャルに「知る→わかる→できる」という階段上になっているモデルに疑問を持っていたわけでなく、話の構成を組み立てていた時に「あれ?」と違和感を覚えて、前日に図を思いつき急遽差し込んだのでした。
スライド発表で最も反応が多かった箇所。
三者の定義
| 語 | 使う領域 | 性格 |
|---|---|---|
| できる | 主に運動を司る領域 | 身体知・暗黙知。コトバにする前の状態 |
| かたる | 主に言語を司る領域 | 形式知化。コトバとして外に出す |
| わかる | 「できる」と「かたる」のつながりができた状態 | 両者が接続されて初めて生まれる |
「わかる」とは「できる」と「かたる」の統合である。どちらか一方だけでは「わかった」とは言えない。
できる(身体知) ──接続── かたる(言語)
↘ ↙
わかる(統合)
なぜ従来モデルに違和感があったのか
このページの仮説は、一般的な線形学習モデルへの応答として生まれた。代表例がGLOBISの4段階モデル:
知る → わかる → できる → 教える (GLOBISの線形・階段型モデル)
「このような線形の学びの理論は自分にはしっくりこなかったんだよね。否定はしないが、それでは説明できないものを、説明したかった。」(Takeshi)
しかし実際は:
- 「できる」けど「かたれない」(職人・エキスパートの暗黙知)
- 「かたれる」けど「できない」(知識はあるが実践できない)
- この両方が接続されて初めて「わかる」が生まれる
→ michael-polanyi の「語れることより多くを知っている」と同型。
→ ga-shu-ha-ri の「我」で「できる」を先に刻み、「守」で「かたる」と出会って「わかる」が生まれる構造とも対応。
からだメタ認知との接続
「できる」を「かたる」に変換するプロセスとして からだメタ認知 がある:
- 身体感覚をオノマトペ(擬音)で表現する ── 一般的なコトバでなくてよい
- 「し」と「じ」の微妙な音素の差で身体感覚を分節化する
- 自分なりのコトバにすることで、身体感覚のフィードバックループが生まれる
身体知はすべてコトバにすることはできない。でもコトバにする意味はある。
SECIモデルへの批判的接続
nonaka-ikujiro のSECIモデルの「表出化(Externalization)」:
世間一般に理解されているSECIモデルの表出化は「言語や概念にする」くらいにしか捉えられていない。しかし身体知(暗黙知)をすべて形式知化することは、不可能あるいは非常に困難。たとえ形式知化されたとしてもそれを自分のものとする「内面化(Internalization)」もとても困難。
→ 「かたる」が常に「わかる」につながるわけではない。「かたる」は必要条件であって十分条件ではない。
インナーゲーム(セルフ1・セルフ2)との対応
ティモシー・ガルウェイ『インナーゲーム』のセルフ1・セルフ2:
- セルフ1(意識的・言語的)= 「かたる」の領域
- セルフ2(無意識・身体的)= 「できる」の領域
- セルフ2を信頼して動かすことが「わかる」への道
禅・弓道の「不射の射」とも同型。zoka(造化)の「為さずして為す」にもつながる。
学びの全体性
この仮説は「学びの全体性」という大きな枠の中に位置づけられる:
アタマ(知識・つながり)
×
カラダ(身体知・体験) ── 「できる/かたる/わかる」はここの統合
×
ココロ(動機・感情・内面)
アタマに特定の分野の知識のみインプットするだけでなく、様々な分野から学び繋げること、カラダを使って体験しそれをコトバにすること、自分のココロに向き合い動機・方向づけをすること ── これが織りなすのが学びのフラクタルなネットワーク構造であり、学びの全体性。
発表自体が「わかる」の体験だった
Medium記事の核心:
今回の登壇の機会は、発表して提供するだけでなく、自分自身がコトバにすることで改めて「わかった」自分自身の学びの場であったのです。
「かたる」という行為が「わかる」を生み出した、という入れ子構造のメタ体験。
関連ページ
- michael-polanyi — 暗黙知・from-to構造:「語れることより多くを知っている」
- nonaka-ikujiro — SECIモデル:表出化の限界・内面化の困難さ
- ga-shu-ha-ri — 我守破離:「できる」を先に刻む学習モデルと対応
- zoka — 造化:「為さずして為す」との接続
- multipotentialite — 「つなげる」好奇心:一見無関係なものの関連発見
- michael-polanyi — 身体知の言語化の限界
- src-medium-kkd — 元記事(2019/2/28)
- src-slideshare-kkd — スライド(20190223)